その国に馴染むということ

ドイツへ来てひと月程経った頃、長期滞在ビザの申請をするため役所へ行きました。
その際、突然担当者から「ドイツ語のA1(最も初級)レベルの修了証明書がなければビザは下りない」と言われ困惑しましたが、丁度ドイツ語コースに通い始めたところだったため、ビザ無しで滞在できる期間ギリギリにA1の修了証明書をもらえ、何とか事なきを得ました。

ドイツ語コースに通ううちに、どうも授業料を免除されている人がいるようだ、ということに気付きました。毎朝決まったメンバーが、用紙にサインをしていたからです。
我が家は自費留学家族で極力節約生活中なので、一コース約500ユーロの授業料を払う余裕なんて、はっきりいってありません。一方、ある程度ドイツ語ができないとドイツ人社会には入り込めないと分かり始めていたので、A1に引き続きA2、B1コースも受けたいと考えていました。
Integrationskursそこで、必死の思いでビザ申請の担当者に質問してみました。「我が家は奨学金も給料ももらっておらず、ドイツ語の授業料を払うのも厳しい状況です。でも、もっとドイツ語を勉強したいのです。何か手はありませんか?」と。

後日、黙って書類が送られてきました。
それは、ドイツへの移民希望者向けのコース(Integrationskurs:インテグラチオンスコース=ドイツ社会に馴染むためのコース)に関する資料でした。驚いたことに、日本語で書かれたものも同封されています。早速読んでみました。
ドイツに無期限で滞在するためには、ドイツ語の十分な知識、ドイツの法や社会秩序、生活に関する基礎知識を持っていなければならない、そのためにドイツ語のA1〜B1コースおよびオリエンテーションコースの受講が課される。修了試験があるが、受験は無料。試験に合格した場合、国に申請すれば授業料は半額返済される、とあります。
Integrationskurs間もなく申請が通り、A2からは私も他の何人かの同級生同様、毎朝用紙にサインすることになりました。
ドイツ語コースに通い始めた当初から「絶対に元は取ってやる!」と思いながら勉強していましたが、A2からは尚のこと。修了試験に合格しなければ、支出が増えるだけになってしまうからです。

B1まで受講し、引き続きオリエンテーションコースでドイツ社会のシステム、政治、歴史などを学び、修了試験を受けることになりました。
テスト用紙には、名前などを書く欄と併せて出身国の選択肢もありました。そこには日本の近隣国である『中国』『韓国』はありましたが『日本』はありません。仕方なく空欄に『Japan』と書き入れました。

何とか無事に試験に合格できたためすぐさま返済申請をし、A2とB1の分だけでしたが授業料は半額戻ってきました。
Integrationskursこの試験に合格するとドイツ国籍の取得も優遇されるそうで、通常8年かかるところを6年まで短縮されるとの説明を受けました。ただし私がこのコースに参加したのは2014年夏で、紛争地域からの移民が爆発的に増える直前だったため、今は状況が異なるかもしれません。

ある時、トルコからの移民がドイツ人との会話中に涙ながらに訴えていました。
「私はもう25年もドイツに住んでいるのに、全然国籍がもらえないのよ! 四人の子ども達はみんなドイツ国籍を持っているのに!」
彼女が国籍を取得できないのは、ドイツ語の能力を証明できる書類を持っていないためだと思われます。ドイツ語コースに通えば、通常は修了レベルの証明書がもらえます。
クルド人でドイツに来て10年程になるという別の女性も、恐らく国籍は取得できていません。彼女はこれまでドイツ語のクラスに通っても最後までは続かなかったそうです。また故郷では、女性は十分な学校教育を受けないのが普通だったと言います。子どもの頃に学習する機会を満足に与えられなかったため、気の毒にも彼女は勉強の仕方がわからないままなのでしょう。

生まれた国を離れ違う国で生きようとする場合、やはりその国の言葉を理解し使えるようになること、これが大前提だとここ数年日本を離れて暮らした中で感じています。クルド人の彼女のようにたとえそれまでの人生が望ましい環境ではなかったとしても、残念ながら、やはりそれを乗り越えられるかどうかがひとつの境界線になるのではないでしょうか。
今は状況が異なると思いますが、以前住んでいたスウェーデンでは、当時は一年以上の滞在許可を受けた人は無料でスウェーデン語コースを受講できました。ドイツでも、ドイツ語の習得と国籍取得までの道程が結びつきを持って定められています。
いずれ日本も、ヨーロッパ諸国と同じように移民を受け入れる時が来るでしょう。少子高齢化を食い止める一助にもなるはずです。
しかしその際には、日本語の習得を必須条件としなければならないと私は考えています。そのためにも、事前にシステムを整えておくことが肝要です。

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